ものつくり敗戦の序章

このところ、経済関連のニュースでは暗い話題が目に付きます。特に20世紀の花形産業であったエレクトロニクス関連企業の凋落ぶりは目に余るものがあります。シャープは一昔前は稼ぎ頭だった液晶パネル事業が巨大な赤字を垂れ流し、株価の急落で頼みの綱の台湾・鴻海からの出資も履行されずに逃げられそうで、経営危機とまで言われています。5000人規模の人員削減を計画していますが、その前に倒産してしまうのではないかという声もあるくらいです。NECも年初に1万人規模の人員削減を発表しており、早期退職の募集に対し2300人近い人が応募したそうです(もしかすると知り合いにもいるかも?)。早期退職の募集というのは優秀で市場価値の高い社員ほど応募するインセンティブがあるので、企業側にとっては優秀な人材を手放すことで悪循環に陥る可能性もあります。ソニーも苦境に喘いでいます。現在ソニーで利益を稼いでいるのはコンテンツや金融部門とのことで、テレビなどの家電関連が足を引っ張る構造から抜け出せずにいます。パナソニックは一応黒字転換したようですが依然構造的な問題を抱えておりグローバル化への改革をひた走っているようで、そのうち日本の会社じゃなくなっちゃうんじゃないかという勢いです。

今年の初めにも書きましたがこうなるであろうことは割りと前から予測されていたことで、今さら驚くことではないでしょうが、それだけにこの10数年の執行猶予の間に日本の産業がソフトランディングで変わることができずに小さな失敗をたくさん積み重ねてきたことでハードランディングしようとしているんだなということを改めて思い知らされます。こうなった原因はいろいろと言われており、もちろん円高やリーマンショック、ユーロ危機、震災やタイの洪水などの外部要因の激変も重要なポイントでしょう。ですが、僕は今の苦境の根本的な原因は内部要因にあるという意見に賛同します。

21世紀になって日本の経済界などで良く聞かれるようになったキーワードに「ものづくり」というものがあります。日本の製造業や生産技術の精神的、文化的、歴史的な属性を表す言葉として近年になって聞くようになりました。日本の製造業の強さの根源を国民性や民族性に求める考え方として広く受け入れられ、老舗大企業の社長などから「日本のものづくりはまだまだ強い」、「ものづくりの力を結集して」などといったフレーズがよく聞かれました。確かに日本の製造業の技術・品質・こだわりは伝統的に高いレベルにあり、それは今でも潜在的な力を保持していることは確かだと思います。ただ上に挙げたような電機関連企業の社長の台詞として聞いたとき、「ものづくり」は変革を先延ばしするための言い訳に使われているだけのように感じていました。日本の製造業を取り巻く環境はこの20年で激変しています。新興国の勃興と生産技術のシステム化により安くて魅力的な製品が大量に世界中に供給されるようになり、一物一価の原理で価格の下落(つまりデフレ)が既定路線となって久しいです。この変化は不可避なのでガチンコ勝負で勝てる戦ではなく退却しながらでも次の産業を育成するための変革を進めなければいけないはずでした。それができなかったのは現実のパラダイムの変化から目を背け精神論に走り「ものづくり」という「作る側の論理」に拘泥してしまったためで、現実の消費者が何を欲しているのか、何に価値があるのかを考えるという商売の基本から離れてしまったことが今の苦境を招いたのだと思います。

もちろん全ての企業がアップルのようになれる訳もなく、なる必要もないのですが、少なくともこの20年で考え方や努力する方向を少し変えることでソフトランディングするチャンスはあったかもしれません。せっかく高いレベルの技術や人材を持ち合わせていながら、それができなかった責任は第一に経営陣にあるのでしょうが、特に日本の会社は企業文化や制度といった面での制約が多すぎて改革が一向に進まない傾向があります。また、オリンパスや東電のように内輪で持ちつ持たれつの「手打ち」で問題解決する傾向が強いため資本のルールに基づいた透明性の高い経営刷新が起こりにくいのも原因の一端にあると思います。経営者は社内の叩き上げといったケースが多く、目の前のリスク回避を優先する経営になりがちです。加えて法律や政治などの環境も変化の妨げになっています。そういった諸々の問題が複雑に絡み合い、身動きが取れないままここまで来たのだと思います。

今後もこういったニュースは続きそうな予感です。ただ、楽観こそできませんが、そこまで悲観もしていません。小さくとも希望の持てる変化は起きており、遅かれ早かれ変化は起きるものだと思います。今後日本が高度経済成長期のような発展をすることはないでしょうし、血眼になって働いて過労死するような世の中よりは、退却しつつもゆったりそこそこ稼いで小さな幸せを享受できる世の中を目指すのが現実的な選択肢だと思います。ですが、変化が急激すぎると「そこそこ幸せ」と言ったノンビリした状況ではなくなる可能性が高く、政府債務の問題も合わせて考えるとどこかで誰かがそのツケを一気に払わなければならなくなるわけで、現実を無視して抵抗すればするほど後は辛くなる一方です。一介のサラリーマンとしては政治や経営をされている方々に、「そろそろ世の中の変化や現実を見てルールを変えませんか?」と言いたくもなります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました