安倍政権になって参加する事が正式に決まったTPPですが、キーワードとして出てきた当初から様々な方面から意見が飛び交い議論がなされてきました。TPPによって利益を得る人もいれば被害を被る人もいるため、立場によって意見は対立し容易には正解が導き出せません。僕自身は一般論として多国間の貿易ルールを決める取り組みは進めるべきという考えですがTPPは各国の国内向け政治パフォーマンスの性格が強く、実質的な変化が本当に起きるかは懐疑的で成り行きを注視していく必要があると思います。
自由貿易を正当化する伝統的理論として「比較優位」という概念があります。食糧生産が得意な地域と工業製品の生産が得意な地域があるとしたら、それぞれの国内で食料と工業製品両方の生産を行うより、それぞれの国が得意な分野に資源を集中して取引を行った方が、社会全体としての利益は増すという説です。人が貨幣経済と分業を発明した根源的な理由であり、人間社会の発展は比較優位がなければ成り立ちません。そのモデルの延長として自由貿易を促進しようと考えるのは社会の利益を追求する観点からは自然な発想であり理解できます。
しかし、現代はグローバル化が進んでいるとはいえ、政治的インフラは主権国家とその軍事力バランスの均衡で維持されているのが実情です。自由貿易が長期的には利益になると分かっていても、参加国はそれぞれの思惑を腹に抱え国益最大化を目指して動いているので、全員が納得できる公平なルールを作りそれを強制する事は容易ではありません。公平なルールがなければ利己的な行動が増えるので自由貿易の理論的な効果が得られなかったり弊害を生んだりします。
各国政治家は資本を呼び込み自国の輸出拡大と雇用創出を国内にアピールするための手段としてTPPを活用しようとしていますが、その思惑は本当に実現するのでしょうか?恐らく輸出拡大や雇用創出にはそれほど寄与しないと思います。なぜなら本当に競争力のある産業は関税撤廃する前からとっくに現地化が進んで各国市場に食い込んでおり、関税撤廃で国内産業の条件が劇的に良くなるわけではないからです。関税で守られていた産業が淘汰される恐れも指摘されていますが、各国とも関税でガッチリ守られている産業はすでに衰退が進んでおり、そのままでも倒れそうになっています。国家の意思など何処吹く風でかわしつつ圧倒的な力と利潤の追求のみを目的に世界を席捲しているのが今のグローバル市場の実態だと思います。
問題は関税撤廃よりも公正で実効性のある共通の市場ルールを作れるのかどうかです。この前のG8で租税回避や為替操作などの問題が話題になっていましたが、経済と金融のグローバル化で資本の凶暴性が増している中で、国家にはこれらを効果的にコントロールする術がないのが実情です。各国は租税回避抑止のための議論を進めながら、自国に資本を呼び込み輸出を拡大するために法人税率や通貨の引き下げ競争をするという矛盾した行動を取っています。雇用と税金が欲しい国は他国よりグローバル企業にとって有利な条件を整備する事が合理的な行動です。グローバル化競争を進めれば進めるほど自由市場は強化され国家の影響力は弱まっていきます。不安定な金融市場や格差拡大などの問題に対しても有効な手がありません。
貿易や取り引きは目的や主義ではなくより良く生きるための手段に過ぎません。生きるために貿易をするのなら、同時に利己的・暴力的な資本を上手に制御して過度な不安定性や極端な貧困の拡大を防ぐ効果的な方法を見つけなければなりません。国家の枠を越えて経済や金融のリスクを負担・分散・コントロールする必要があるのです。そのためには民族主義、国家主義、排外主義を克服して直面する現実に正面から向き合わなければなりません。TPPは果たしてその第一歩となり得るでしょうか?その道のりは険しいです。
コメント