昭和の遺言 ~「風立ちぬ」レビュー

レビュー

風立ちぬ夏休みの終わりに話題のアニメ映画「風立ちぬ」を観てきました。ちょっと複雑な気持ちになったので、少しだけ感想を書いてみたいと思います。

一言で言えばこの映画は宮崎駿の正直で等身大の自分史の投影、彼なりの人間賛歌なんだなと思いました。美しい飛行機という「夢」に対して真っ直ぐに全力を尽くして取り組んできた主人公の姿に自分を重ねあわせているのかもしれません。

この映画では過去のジブリ作品のようなファンタジー要素はあまりありませんでした(夢として描かれるカプローニとの絡みや関東大震災の描写などはジブリならではの迫力でしたが)。実際の時代背景の中で実在した人物の人生に小説の物語をミックスして静かに淡々と描いています。そこにドラマチックな展開や冒険はありません。

巷で賛否両論、物議を醸しているのは、主人公が戦闘機という兵器開発の技術者であったことや、戦争という目的•背景に対する葛藤などの描写があまりないこと、タバコを吸うシーンが多すぎること、ジェンダー的なステレオタイプが強調されていること、などツッコミどころ満載なためですが、これもなんとなく意図的な「釣り」なんじゃないかという気がします。彼はこれらの社会的、歴史的視点や当時の価値観に敢て評価や立場を示さずに、その時代を生きた一人の等身大の男の夢と愛と悲哀を肯定的に美しく描いてみたかったんじゃないでしょうか。それは監督自身の清濁ひっくるめた人生をアニメを通して捉え直す作業だったのかもしれません。

結末で二郎の生んだ最高傑作のゼロ戦は戦争で「国を滅ぼし」「一機も帰って来なかった」こと、愛する人との短すぎる時間は人生の儚さを強烈に物語っています。そして儚いからこそ、人は今を懸命に生き、夢と与えられた使命に全力で取り組む。たとえその目的や結果が望ましいものではなかったとしても…。このロジックが現代の日本で目指すべき世界を見失いつつも懸命に働くおじさん達の琴線に触れるであろう事は容易に想像できます。そういった目でみると文学的、芸術的な完成度が高い傑作だと思いますし、技術者の端くれであり社会の一歯車として働く僕の心にも熱く響くものがあります。

ただ、もう一方の冷静な目で見たときに、僕はなんというか、そこに未来はない気がしました。人生を、時代を、懸命に生きようとした個々の魂は美しいのですが今現在を生きる具体的な人間の抱える現実的課題に対してなんらかの道を指し示しているわけではないからです。この映画は夢を懸命に負うことの儚さ美しさを描いたのであって、現実との葛藤や日々の思考や出会いから生まれる新しい希望を描いたのではないのです。そもそもそんなものを描くつもりはないのだと思います。

組織や家族のため、そして夢のために愚直に働くという日本の職業観の中では、ときに直面する仕事の無意味さや世の中への無力さを埋め合わせるための何かを必要とします。この映画ではそれが菜穂子なのでしょう。二郎は時々立ち止まりつつも最後まで自分の夢を追うことに愚直に邁進し続けましたが菜穂子というか弱い女性との出会い、支えがあったからこそ成し遂げることができたという見方もできます。菜緒子の短くも激しい情熱は最後まで二郎の傍にいることに注がれました。これは昭和という不自由な時代の中で命を燃やした若者の悲しい運命の物語として見なければいけないのでしょうが、どうしてもこの関係性や枠組み中だけで語られきってしまうと未来へと繋がる希望を見出すことができず救いがありません。

そこは主題ではないのでしょうが、そこが気になってしまうのはやはり監督とは世代が違うからなんじゃないかという気もするのです。僕らが生きている現代は当時とはあまりに違います。僕らは働くこと、夢を追うことの意味や、世の中への関わり方をもう一度問い直さなければならない時代に立っています。映画で描かれた生き方は当時の文脈では美しいのですが現代ではそれとは別の物語を必要とされています。だからそういう「釣り」の部分が気になってしまうのも無理はないと思うのです。

これは宮崎駿の渾身の遺言であり意識的に乗り越えていかねばらない偉大な作品でしょう。

コメント

  1. (non)/~ より:

    風立ちぬ、まだ見てませんが、はっさくさんのレビューを読ませてもらいました。岡田斗司夫のレビューも読んじゃったのですが、はっさくさんの理解と基本的には共通しているように感じました。ご参考までにURLを貼り付けておきますね~。

    なかなか映画を観に行く時間がなくて、もどかしい限りです。

  2. haj より:

    あ~すみません…。スパム防止のためURLのタグ等は無効化される仕様なんです…。URLの文字列だけなら多分大丈夫だったと思います。岡田さんの感想気になりますがネットで検索すれば出て来ますかね?この作品は今までの宮崎駿の作品とは全く違うのでかなり話題になってますよね。僕は否定的な事も書いてますが基本的にオススメの映画です。

  3. haj より:

    ぁ、失礼しました。スマホ版でアクセスしてたのでURLが見えてませんでした。(自分で作った機能なのに忘れかけている…。)

    おかげさまで岡田さんの感想読めました。

  4. 匿名 より:

    だから、次回作が
    君たちはどう生きるか
    なんでしょうね

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